愛想を振り撒かなくていい状態になった話
8月10日
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以前の私は、
人に会うたびに愛想を振り撒いていました。
特別意識していたわけではないけど、
でも自然とそうなっていた。

笑顔を作る。
場の空気を読む。
相手が心地よくいられるように、動く。
それが「いい人」であることだと、
思っていたと今では思います。
ある時、その必要がなくなりました。
働く環境が変わって、
関わる人を自分で選べるようになった時。
愛想を振り撒かなくても、
ここにいていい。
そう感じた瞬間の気持ちの軽さを、
今でも覚えています。
愛想を振り撒くことは、優しさではないと思う。
正確には、自分の価値を「役に立つこと」で証明しようとする。
誰かに必要とされることと引き換えにここにいていいという許可を自分に出している。
でも本当は、何もしなくても、ここにいていい。
愛想を振り撒かなくなってから、関わる人が変わっていきました。
その話はまた次回。
▶︎15日記事|関わる人が洗練されていく、という感覚




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