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意味を探しすぎて、息が詰まる時

  • 6月5日
  • 読了時間: 2分

私は物事に対して「意味」を探すことが多い。

これはもう癖のようなもので、気づけば無意識にやっている。


けれど、この意味を探すこと自体が、

自分を追い詰めてしまうことがあると気づいた。


・何のためにやってるいるんだろう

・これは意味があるのかな

・無駄じゃないかな


意味を持たせようとしすぎると、

見出せないものにすべてが、途端に価値のないもののように感じてしまう。


思考が暴走し、

呼吸を浅くなる。



何かに行き詰まったとき、

私たちは、つい「意味」を探そうとします。


この時間に意味はあるのか。

この選択は正しいのか。

この関係は、私をどこへ連れていくのか。


そして、意味が見出せないとき、


意味がないと進めない

意味がないと休めない

意味がないと許せない


いつの間にか、

意味があるかどうかが、

行動していいかどうかの条件になってしまっている。



これは、私がよく陥っていた状態だった。

考え続けて、動けなくなっていた。



けれど、ひとつ気づいたことがある。


意味は、探して見つけるものではなく、

生きているうちに、過ごしているうちに、

勝手に滲んでくるものなのかもしれない。


それは、意味を見出せなくても、

とりあえずやり続けるという行動を起こした時に、

あとから気づいたことだった。


意味を見出すことも大切だけれど、

見出せなくても、とりあえず動いてみる。


その姿勢も、同じくらい大切なものなのだと思う。



もし今、

意味を考えること自体が苦しいのであれば、

いったん「そう感じていること」だけを

事実として受け入れてみてほしい。


意味は、

あとからでも、ちゃんと追いついてくる。

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