距離を保ったまま、関わるということ
- 4月15日
- 読了時間: 3分
「境界線を引く」
今月のジャーナルでも、よく登場する言葉ですが、
言い換えると「距離をとる」と言う表現にもなります。
距離を取ろうとすると
・冷たいと思われそう
・逃げている気がする
・関係を壊すようで怖い
そんな感覚が先に立ちやすい。
だから多くの人は、
「近いまま我慢するか」
「関係を断ち切ってしまうか」
の二択になりがちです。
でも本当の意味で距離を取るということは、
このどちらでもありません。
適切な距離感は、こちらが決めていいことです。
その前に、近すぎる関わりが起こす弊害を見てみましょう。
・相手の感情を先回りして処理する
・期待を引き受けすぎる
・説明責任を背負ってしまう
・境界線が曖昧なる
これはすべて「優しさ」ではなく、
相手との距離が溶けてしまっている状態です。
この構造は、血のつながりのある親子関係にも当てはまります。
日本では、
親子を「家族だから」「一体だから」と
捉える感覚が強く働きやすい文化的背景があります。
親が子に期待すること、助言すること、
道徳的な判断を伝えること自体は決して悪いことではありません。
ですが、子どもの最終的な判断や尊厳が尊重されているか。
そこが抜け落ちると、
例え親子であっても人間関係や家族関係は拗れてしまいます。
距離を取るということは、
・無関心になること。
・責任を放棄すること。
ではありません。

距離を保つとは、
・相手の感情と自分の感情を分けて捉えること
・相手の課題を自分の課題にしないこと
・役割を背負いすぎないこと
・わかり合おうとし過ぎないこと
関係性の線引きではなく、課題の線引きのことです。
もし今、
・距離をどう取るかで悩んでいる
・どこまで関わっていいかわからない
・特定の関係に違和感が出ている
そんな状態にあるなら、この記事を読みながら、特定の人の顔が浮かんでいるかもしれません。
それは、関係のフェーズが変わっているサインです。
距離の問題ではなく、
役割が更新されていないのが、しんどさの正体。
距離を保ったまま関われる人には、
いくつかの共通点があります。
・相手を変えようとしない
・説明し過ぎない
・わかってもらおうとしない
・でも無責任にもならない
ちょうど良い距離に、自分の立ち位置を定めている人です。
そしてこの距離を保つようになると感じる違和感。
・冷たくなったように感じる
・役に立っていない感覚
・何か足りない気がする
これは失敗ではなく、
巻き込まれていない証拠なのです。
外的な要因に心を振り回されなくなっている状態です。
まとめると、
距離を保ったまま関わる、ということは、
・必要なときは関わる
・でも、常に背負わない
・自分がいなくても回る前提で立つ(共有する)
・代替可能な位置にいる
関係を支配しないし、支配されない位置に立つ、
ということです。
最初は距離を測りながら、立ち位置を定めます。
でも慣れてくると、
だんだんと距離そのものを気にしなくてもよくなるのです。
距離を「取れるようになる」のではなく、
距離を「意識しなくても関われる状態」になるのです。




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