自己犠牲の位置に戻らないために
長年染みついた行動や思考は、
短時間で抜け出すことはできません。

たとえ本人が「しんどい」という感情を持っていても、
気がついたら自分が調整役になっている。
「わたしが少し我慢したら丸く収まる。」と思ってしまう。
断れなくて、疲れる。
これは、意志の強い・弱いの問題ではありません。
自己犠牲は、正確には「善良さ」でも「性格」でもなく、
自分自身が“それを自分の役割だと無意識に認識している”ことに深く関係があります。
誰も引き受けなければ、最終的には自分が。
場の調整を保つ位置を、敏感に察知できてしまう。
空気を読みすぎる。
条件付きで引き受ける(境界線を引く)ことを知らない。
いわば自己犠牲は、自分の限界を決めないまま、
巻き込まれてしまった結果として起こる、構造的なものなのです。
ライフセーバーを付けづに海難救助に入るようなもの。
助けるつもりで飛び込んでも、
こちらが先に沈んでしまう。
そして「今日こそは」「次こそは」と、
強い意志で「断る」と決めていたとしても、戻ってしまう。
理由は単純で、
慣れている。
評価されやすい。
即効性がある。
一時的に「うまく場が回った」という感覚が得やすく、
習慣化しているぶん、引き受けるハードルが低いだけなのです。
ここで言う自己犠牲とは、
自分の限界を決め切らずに引き受けて、
疲弊してしまうことを指しています。
では、自己を犠牲にしないために、何をしたらいいのか。
「頑なに断る」「頑張らない」
そういうこととは、少し違います。
必要なのは、3つ。
・役割と自分を分けて見る視点
・これは“自分の役割”なのかを問う姿勢
・永久契約と思わないこと
そして、どこまで対応ができるかの線引きを明確にすること。
譲歩策(代替案)を持つことが、
自分犠牲をせずに立ち回れるポイントになります。
「全てはできない。けれど、ここまではできる」
「この条件が整っているなら、できる」
「別の形なら関われる」
そうやって、自分が沈まない範囲で関わる。
さらに、今まで自己犠牲を払ってきた人が、
その位置を降りると、必ず起きる違和感についても、
自覚しておくことが大切です。
揺り戻しに耐えられるから。
・自分が冷たくなった気がする
・役に立てていない感覚が残る
・空白や沈黙が怖い
でもこれは、失敗ではありません。
これこそ自分の立ち位置が変わったサインです。
自己犠牲を払わない=誰にも何もしない
ということではありません。
無関心になることとも違います。
・背負う前提で立たないこと。
・場を治めるために入らないこと。
・代替可能な位置に自ら立つこと。
関わり方を変えるだけで、自己犠牲は減っていきます。
かつての私は、自己犠牲から抜けようともがくほど、
すべての関係を断ち切るような、
何を言われても「NO」と首を振るような、
そんな感覚に囚われていました。
戦う先を見誤っていたのです。
敵にするべきなのは他人ではありません。
自分の中にある「役割の自動配置」です。
自分ができることを明確にして関わる。
「ここまではできる、ここから先はできない。」
「この条件や環境が整っていれば、できる。」
いろんな角度から代替案を出しながら、関わっていく。
まずは、自分の役割意識の配置を変えて見てみましょう。
それだけで戻り方が変わります。




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