自分の人生を、誰かのせいにしていた頃
9月5日
読了時間: 2分
ネイリストになりたいと思っていた時期があります。
当時、親に話したら、こう言われました。
「流行のある職業は不安定だから、やめておき。」
私は、「そっかー。」と思って、やめました。
挑戦することすら、やめた。
今振り返ると、不思議な感覚があります。
当時の私は、親の言葉に怒ったわけでも、悔しかったわけでもなかった。
ただただ「そっかー。」と思っただけだった。
なぜかというと、今ではわかる。
その時の私の判断軸が、
「親に認めてもらいたい」だったから。
親の言葉は、反対意見ではなく、正解として受け止めていました。
その後、ネイル業界は数十年にわたって存在し続けています。
不安定かどうかは、やっていないからわかりません。
でも確かなことは、挑戦することすら諦めたということ。
親のコントロールが、見事に効いていました。

誰かのせいにするというのは、声を荒げて責めることだけじゃない。
「あの人がこう言ったから」
「こういう環境だったから」
「しょうがなかった」
そういう形でも、人生の舵を外に渡していることがあります。
例え判断理由が外にあったとしても、
それを決定したのは紛れもなく自分自身であるという事実。
それに気づかず、判断軸が自分の外にある間は、
自分の人生を自分で生きているようで、誰かの人生のシナリオの中にいます。
ただそれ自体が悪いことでも、弱いことでもない。
そうやって生き延びてきた時期が、誰にでもあるから。
でもそうやって自分に小さな違和感を感じるようになったら、
少しずつ変えることができる。




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