無償の優しさを与え続けてきた人へ|何も返さなくてもいい時間
- 3月15日
- 読了時間: 4分

人は誰しも、誰かに必要とされることで
生きがいや存在意義を見出し、安心する生き物です。
ただ、そのバランスが崩れるほど「与える側」に偏ってしまうと、
自覚のないうちに自分自身を擦り減らしてしまいます。
そして、疲れた自分に気づき、
与えることをやめようとすると、今度は
自分の役割や価値まで失ってしまったように感じる。
何もしない時間の居心地の悪さ。
価値を生み出せていないことへの劣等感や罪悪感。
そんな感情に、心がざわついてしまうのです。
何もしなくてもいい時間は、練習がいる
誰かに与え続けてきた人ほど、
与えることが生活の一部になっています。
その当たり前だったリズムを崩すと、
居心地の悪さや劣等感、罪悪感が生まれる。
人は、しんどいと分かっていることでも、
慣れない変化には不安を感じます。
「やめる」という選択には、
責任感や共感力のある人ほど時間がかかるもの。
そんなとき、必要なのは
何かを変えようとすることではなく、
一度、立ち止まること。
あなたの人生の所有者は誰か。
少しだけ、考えてみてください。
この答えは、きっと全員同じです。
あなた自身のもの。
自分の人生の、たった数時間を
自分のために使うことは、そんなに悪いことでしょうか。
確かに、誰かのために尽くすこと、与えることは素晴らしい。
でもそれは、
自分を大切にできてこそ、続けられることです。
自分自身が限界のときに、
誰かを本当に支えることはできません。
そして、置かれている状況はいつも同じではありません。
常に与え続けなければいけない。
そうしなければ認めてもらえない。
それは幻想です。
自分自身にかけてしまった、静かな呪い。
どんな人でも、そんな生き方は不可能です。
もし、そう見える人がいるとしたら、
あなたの知らないところで
きちんと自分を大切にする時間を持っているか、
もしくは、あなたと同じように
疲れを隠しているだけかもしれません。
この呪いは、長い時間をかけて積み重なってきたものです。
簡単には外れません。
でも、気づいたあなたは、
もう最初の一歩を踏み出しています。
この気持ちの構造を知ること。
それ自体が、立派な変化です。
「返さなくていい時間」をつくるということ
気づいたからといって、
すぐに「与えない自分」になれるわけではありません。
頭では分かっていても、感情や体が追いつかない。
だから必要なのは、
いきなり変わることではなく、
少しずつ「返さなくていい時間」に慣れていくこと。
何かを生み出さなくてもいい。
役に立たなくてもいい。
誰かに必要とされなくてもいい。
ただ、そこにいるだけの時間。
それは怠けでも逃げでもなく、
すり減らしてきた自分を
回復させるための時間です。
カモミールが、そばにある理由
カモミールの香りは、
何かをしなさい、と促す香りではありません。
集中しなさい。
前向きになりなさい。
頑張りなさい。
そんな指示を、一切出さない香り。
ただ、
何もしない時間に、文句を言わず
そばにいてくれる存在。
与えなくてもいい時間に、
役割を持たなくてもいい空間に、
静かに同席してくれる香り。
精油は、整えるためのツール。
けれどこの時間においての役割は、
「整えようとすること」ではありません。
整えようとしない自分を、許すためのツール。
すぐに納得しなくていい
「返さなくてもいい」
「与えなくてもいい」
そう言われても、腑に落ちないのは自然なこと。
長い時間をかけて、
与えることで自分を保ってきた人ほど、
その感覚は簡単には手放せません。
その空白の中で、
「もう、返さなくてもいいのかもしれない」
そう納得できる日が来るかどうか、
すぐに答えはでないものです。
今日はただ、
何もしない時間に身を置いてみる。
それだけで、十分です。




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