宝物は、手の中にある
10月10日
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よくある話、人は、失って初めてその価値に気づきます。
健康なときは、健康のありがたさがわからない。
自分の布団で寝起きして、朝ごはんを食べながら、
何をしようなと1日のスケジュールを考える。
でも病気になって、それができなくなった時、
あの特別でもなかった当たり前の日々が、
どれほど恵まれていたかを思い知る。
失ってから恋しくなる、ないものを切望する、
これは、多くの人が経験することだと思います。

私たちは、宝物はキラキラして眩い輝きを放つものと錯覚しています。
でも本当は、もっと身近で自分の手の中にある。
ある時は気づかず、失いかけて初めてその価値がわかる。何万という人がこの話は知っているはずなのに。
なぜでしょうか。
ひとつには、「あるもの」より「ないもの」に目を向ける性質があると思います。
もっと欲しい、まだ足りない。
目標を達成すると次の目標に目をむける。
足るを知る。は果てしない欲を持つ人間に気づかせるための戒めの言葉かもしれません。
人はそうやって、手にしていないものを数える方が得意です。
だからこそ、ここまで成長させることができたとも言えます。
手に入れたものは、あって当たり前になり、次第に透明になっていく。
これを責めても仕方がないです。
私たちの本質であり、そういう仕組みで私たちはできています。
ただ、知って考えることはできる。
自分は今、手の中の宝物を、透明にしていないだろうか。
まだ手にしていないものばかり追いかけて、今あるものを見落としていないだろうか。
見落としているものに気づくのは、失う前でもできるはずだから。




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